約440万年前に生きていたアルディピテクス・ラミダスの化石群からは、人類が四足歩行や木登りの生活から直立二足歩行へ移行するまでの途中の段階を見ることができる。アルディピテクス・ラミダスは、直立二足歩行をしていたものの、私たちヒトより歩くことが下手で、時折木に登って生活することもあったが、それもチンパンジーよりは下手だったと考えられている。
アルディピテクス・ラミダス化石の中で一番状態がよく有名なものは、「アルディ」である。アルディはエチオピアで発見され、現地の言葉で「アルディ(大地)」を意味する。アルディは死後大型の動物に踏まれて頭蓋骨などが破損しているが、奇跡的に全身の骨格がそろっているため、私たちに多くのことを物語ってくれる。アルディの発見から17年後、2009年のScience紙にはアルディに関する論文が合計11編発表された。この論文群から、私たちはアルディの特徴を知ることができる。
アルディは身長120cmで、体重は51kg。私たち現代人と比べると、少し小柄でがっちりした体格である。脳の大きさはチンパンジーやトゥーマイと同程度の300~370ccである。トゥーマイと同様に、大後頭孔の位置が下方にあり、直立二足歩行をしていたと考えられる。また眼窩上隆起の大きくチンパンジーの特徴に近かったトゥーマイとは異なり、アルディの眼窩上隆起はそれほど発達しておらず、ヒトらしさが見え始めている。
アルディの手を見てみよう。手首の骨は、チンパンジーのそれとは異なり、可動域が大きい。そして、比較的小さな手のひらを持っている。これらが意味するところは、アルディがナックルウォークや木にぶら下がった移動方法をとらなかったということである。また、大きな手の形を見てみると、指骨が曲がっており、何か丸いものを握るような形に見える。その手は木の枝やツルのような細いものを握るにはあまりにも大きすぎるが、ヤシの木の太くて丸い幹や果実を掴むためにはぴったりのサイズである。
次にアルディの足を見てみよう。アルディの足には、チンパンジーのような遊動性は見られず、より頑丈な作りをしている。では、私たち現代人の足にそっくりかと言われると、そうではない。アルディの足には、土踏まずがない。土踏まずは、歩いたり走ったりするときに地面からの衝撃を吸収する役割を持つので、これがないと長距離を歩くことはできなかっただろう。さらに、足の親指は大きく外側を向いている。
アルディの足の親指がどのくらい外側を向いているのか、他の猿人類と比較してみよう。私たちホモ・サピエンスが25度、チンパンジーが75度、そしてアルディが65度である。アルディの足の指は、ホモ・サピエンスとチンパンジーの間の特徴を持っていることがわかる。すなわち、完全に平らな地面を歩くのは得意でもないし、木の枝やツルを握って自由に動き回ることも得意ではなかった。しかし、例えばヤシの木の丸太のような大きな幹の上で身体を支えるのには十分な形であった。
次に、アルディの骨盤を見てみよう。私たち現代人の骨盤は上下に短く、左右に広い形をとることで、直立したときに内臓を受け止め、支えやすくなっている。一方でチンパンジーの骨盤は、内臓を支える必要がなく、足の可動域を大きくするため、上下に細長い。アルディの骨盤は、「上半分は現代人っぽく幅広で、下半分はチンパンジーっぽく縦長」という中途半端な特徴を持つ。やはり、直立二足歩行と樹上生活の特徴が混在した生き物であった。
このようにアルディピテクス・ラミダスの骨を観察することで、直立二足歩行へ移行する途中経過の証拠を見ることができる。しかし、なぜ直立二足歩行へ移行する選択をしたのか、その理由を探るため、今度はアルディの歯に着目してみよう。