人類が直立二足歩行を始めた理由を求めて、アルディピテクス・ラミダスの歯を見てみよう。
アルディの歯は、最古の人類であるトゥーマイのものと同様に、犬歯が小さいという特徴を持っている。これは、直立二足歩行に並ぶ、人類を人類たらしめる最も基本的な特徴である。犬歯はなぜ小さくなったのか。それは、チンパンジーの社会である目的を持って使われていた犬歯が、人間社会では使われなくなってきたからだ。
チンパンジーの犬歯は、オス同士の争いに使われている。争いの主な目的は、メスの奪い合いである。このような状態は、チンパンジーが作る多夫多妻的な群れの社会がもたらすものである。犬歯が大きい=強いオスは、それだけ多くのメスと結ばれるので、犬歯の大きい子孫を残すことができる。
逆説的に言うと、人類はオス同士が争う必要のない社会だったから、犬歯が小さくなっていたということになる。争う必要のない社会とは、すなわち一夫一妻制の社会である。
ここで、アルディピテクス・ラミダスの生活環境を見てみよう。アルディピテクス・ラミダスの歯について炭素同位元素分析を行うと、彼らは半ば乾燥し開けた森林で、植物の果実や木の葉を食べていたことが明らかになる。彼らが生息していた地域の中で目を引く植物は、ヤシの木である。アルディの丸みを帯びた大きな手や足の骨からも、ヤシの木に登りヤシの実を食べていたことは容易に想像できる。ヤシの木は、森のようにまとまって生えることはなく、他の樹木と一緒に点々と分散して生えているので、その果実を食べるアルディピテクス・ラミダスは、大きな群れをつくることはなかっただろう。
点々と木々の塊がある広々とした疎林で、敵に見つからずに寝られる場所・安全に子育てができる場所は、やはりその木々の塊の中だった。さあそこを拠点にしようと思って居座ってみると、身近なヤシの実を食べつくしてしまう。子供に食べさせるものを探さなければ。顔を上げてみると、少し遠くに果実の木が見える。取りに行きたいけど、途中の開けた草原は危険だ。肉食獣に見つかる恐れがある。せっかく取りに行くなら、パッと済ませたいから、一度にたくさんの果実を持ってこよう。
そう思ったアルディピテクス・ラミダスは、安全な樹木から草原へ踏み出し、両手に抱えられるだけたくさんの果実を持って、母親と子供の待つ住み家に運び込んだ。懸命に運んだオスはそれだけ直立二足歩行が上手になるし、その子供は上手な直立二足歩行を遺伝的に引き継ぐ。果物を運ばなかった家族は、栄養が足りずに死んでいく。そうした連鎖で、選択的に「直立二足歩行が上手な個体」が残り、これが進化とみなせるのではないか。
これが「食料運搬説」であり、人類が直立二足歩行を始めた理由と考えられている。
もし彼らの社会が多夫多妻的であったら、こうした選択性はなくなってしまう。果物を持ってきても、どれが自分の子供かわからないからだ。親の歩きの上手さと子の成長が結びつかなくなってしまう。一夫一妻的であれば、自分の子供のためだけに果物を運んでくるから、上の選択性が生まれてくる。そして、上のように必死に食べ物を運ばなければならない状況で、オス同士が歯を見せあって争うことにメリットはない。そういった生活をしているうちに、役割を失った犬歯は小さくなっていった。
アルディピテクス・ラミダスの歯を見るだけで、彼らが食べていたもの、生活環境、夫婦の形、そして人類が直立二足歩行を始めた理由までを考察することができる。骨は、多くのことを語る。私の骨は、何を語るだろうか。