アルディピテクス・ラミダスは、その犬歯の小さいことから、オス同士で争うことなく家族のために食料を運ぶ必要があったために、直立二足歩行を上達させていった。この「食料運搬説」以外にも、様々な説が議論されている。今回はその中のいくつか代表的なものを見てみよう。
体温調節仮説
大学のときの友達に、特別背丈が高い人がいた。夏になると、彼は「みんなよりも太陽に近いから暑い」と自虐的に言うのがお決まりだった。そんなわけがないとわかっていながらも、自分と太陽との距離を考えたことがなかった私には、新鮮な考え方だったから、よく覚えている。同じ目で散歩中のダックスフンドを見てみると、彼らは熱の冷めないアスファルトのすぐ上の領域で、毛深い胴体を揺らしている。日光の下でダックスフンドの黒い毛並みを触ってみると、心配になるほど熱いときがある。彼らは太陽からは遠いけれど、私より暑いに違いないと想像する。
P. E. Wheelerは、人類が直立二足歩行を始めた理由を、脳の冷却と結びつけて考えている。人類は脳の温度が4℃上昇しただけで脳が機能しなくなるため、暑い環境ではどうやって脳を冷やすかが重要であるからだ。そしてこの体温調節仮説は、人類の体毛がチンパンジーのそれと比べて薄くなっていった理由も同時に説明している。Wheelerはこう考えた。
四足歩行よりも、二足歩行のほうが太陽光を浴びる面積が小さい。そして地表から離れたほうが空気の対流によって涼しい。そうして立ってみると、紫外線を防ぐ体毛が不要になり、裸になった。すると皮膚からの汗の蒸発によって頭を冷やすことができるようになった。
ああ確かに、だから直立二足歩行をする人間だけ体毛が薄くて、直射日光が当たる頭だけ毛が残ったのか!と納得できる部分もある。しかし、納得できない部分もある。「それなら、直射日光が当たる両肩にも毛が残っていていいような気がする」とか「そんなに暑いのが嫌なら夕方移動すればいいじゃない」とか「毛がなければ夜や冬は寒いじゃない」とか「四足歩行と二足歩行とで体感温度がどれほど変わるものだろうか」とか…。
アルディピテクス・ラミダスの化石「アルディ」の身長は、120cmである。小学校に入りたての子供くらいだ。それが四足歩行をしたとしても、頭の位置はせいぜい50cmくらいしか変わらないだろう。この違いで空気の対流に違いが現れるわけもなく、ましてそれが動物の生存に影響を与えるわけもない。背の高い友達と、それを見上げる私とでは、同じだけ暑かったというわけである。そして、ダックスフンドはそのアツアツの毛並みに守られて、平気でいられるのである。
威嚇仮説
R. W. Wescottは、人類が立ち上がった理由を威嚇行為と結びつけて考えた。哺乳類は、クマからレッサーパンダから人類まで多くの種が立ち上がった姿勢で相手を脅す。
これは、食料運搬説とは正反対の説であろう。威嚇が生存に必要なものだったら、アルディの犬歯は小さくなかったはずである。犬歯が大きいほうが絶対怖い。それを手放したのだから、威嚇行為は重要でなかったはずである。そして、なぜ威嚇したまま歩き出したのか。その威嚇でライオンには勝てたのか。
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他にも様々な説があるが、典型的な「直立二足歩行が手を自由にし、大脳の発達を促し、文化の創造と発展につながった」という綺麗な説明は、間違っている。アルディピテクス・ラミダスは直立二足歩行をしていたが、脳の大きさはまだまだ小さい。今のところ私にとっては、食料運搬説が一番納得のいく説明である。