小さな男の子にじっと見つめられながら、化粧をする。
「なんでほっぺあかくするの?」
「確かに、なんでかね」
「それはなに?」
「これは睫毛を挟んで上げる道具だよ」
「なんでまつげあげるの?」
「…確かに、なんでだろう。かわいいからかな?」
彼は、少し誇らしげに言う。
「なんでまつげがあるかしってる?まつげはこうやって水がおちてきたときに目をまもるためにあるんだよ。だから上げちゃったら、いみないよ」
その理屈があまりにまっすぐで、私は思わず笑ってしまった。「……確かに!」
その後も、睫毛を上げてはいけないと一生懸命に私を説得していた。ほっぺを赤くしてあげるから、どれがいいか選んで。チークを3色見せると、これがいいと言って、迷わず底の見えているものを指さした。「なんか、いちばんつかってそうだから」素直な理由に、胸がキュッとする。その子の頬に、私のお気に入りの淡いチークをそっとつけてみる。もともとの頬が赤いからか、ほとんど変化がない。結局は、赤味の強いチークをたくさんつけて、少し熱があるような顔に仕上がった。その子はそれを気に入ったらしく、嬉しそうに家の中を自慢して歩き回った。
それ以来、私は化粧をする度に、その子が頭の中で話しかけてくるようになった。朝の慌ただしい時間の中で、化粧をしているほんの数分だけ、小さな子供が私の横にちょこんと正座して、「まつげは上げないほうがいいよ」と真剣に説得してくる。私はうんうんと頷きながら、それでもまつげを上げ、頬に色をのせる。
思い出すと、ロシアでホームステイをしたときにも、似たような瞬間があった。子供に見つめられながら爪を切った時間。その子はハサミで爪を切っていたから、日本の爪切りが珍しかったのだろう。言葉はほとんど通じなかったが、ぴったり横に座り、じっと手元を見つめていたあの時間は、今でも鮮明に覚えている。爪を切るたびに、あの視線をふと思い出す。
胸の奥があたたかくなる。 なんて愛おしい日々だろう。
