My Bicycle

学会に参加するため、札幌の北海道大学に行った。

札幌は3度目だ。1度目は学生の頃。雪の積もる真っ白な景色の中を歩いていき、数千円のウニ丼を食べ、道中のバスで友人たちがそれぞれにうたた寝をしていた。静かで、いい旅行だった。2度目は1人でドミトリーに連泊し、友人を訪ね、物理学会に参加し、スタニスワフ・レムのSF小説 『ソラリス』を読み切った。初めてのドミトリーだったが、共同の空間で初対面の人と交流しながら、小さな個室でSFの世界に浸る時間が新鮮で、知らない土地で生活のリズムを獲得していく過程が楽しくて、とても気に入った。

今回も、ドミトリーに泊まることにする。Untapped Hostelは、北海道大学の目の前にあるドミトリーで、共同のキッチンや交流スペースがある。施設の一階にはBrimというカフェが併設されており、朝食が食べられる。昆布の出汁から作るお味噌汁とおにぎりのプレート、クロワッサンと冷製コーンスープがとても美味しい。また近くにBostonBakeというベーカリーがあり、朝の7:30開店から完璧に陳列されたパンが輝いている。共同のキッチンで自炊をするつもりだったが、結局はしないのである。

2度目の札幌では、友人と北海道大学の構内を一緒に歩いた。イチョウ並木の構内を颯爽と走る自転車の学生達が印象的だったのを覚えている。今回は、宿泊施設で自転車を借りられたので、北大生の如く風を切りながら、校舎から校舎へと縦横無尽に駆けることができた。また学会が終われば、夕方は近くの温泉まで自転車を漕ぎ、イサム・ノグチ設計のモエレ沼公園まで自転車を漕ぎ、お土産を買いに札幌駅まで自転車を漕ぐ。足が筋肉痛になる。レンタルした自転車は年季が入っており、サビが目立ち、ブレーキの度にキイィと音を立てていたので、急に私が酷使することで破壊してしまうのではないかと心配だった。

これまで、私と自転車の間には、環境的にも心理的にも一定の距離があったように思う。

一番古い記憶は、父と補助輪を外す練習をしたことだ。父は後ろから私の自転車のサドルを押し走り、スピードが出てきたタイミングで手を離す。芝生に何度も転んで痛いのに、何度も同じように解き放たれるので、父の考えが理解できず怖かった覚えがある。それでも初めて前に進めたときには、ご褒美に「とっとこハム太郎」の劇場版DVDを買ってもらった。しかし、実家には自転車で行ける距離にこれといった遊び場がなかったし、自転車で友達の家に遊びにいくことも、通学で使うこともなかった。私の自転車は姉からもらったものであることが多かった(お下がりの文化は好きだった)。使う機会といえば、学校の自転車講習に参加するときくらいだ。珍しく自転車に乗る私を見た同級生に、「あんまり似合わないね」と言われ、乗り方が変だったのかなと恥ずかしくなり、それからは「私は自転車が似合わない」と心に刻み、距離を取っていた。

北海道で散々自転車を漕ぎ、家に帰ってきた休日。買い物のために自分の自転車を漕ぎ始めた瞬間、

「これは私の自転車だ」

と感じた。滑らかな駆動、安定した太いタイヤ。伸ばした脚をペダルが受け止め、肩から肘へ流れる力が無駄なく前へ伝わる。私の身体は自転車と一体になり、自転車とともに進んでいく。初めて味わう感覚。この自転車は、自転車競技をしていた家族に選んでもらい、自転車屋さんで体格に合わせて調整してもらった一台だ。

長い間、自転車は似合わないと思い込んでいたが、それは体格に合っていなかったからだった。自分に課していた禁止事項が、静かに剥がれ落ちていく瞬間が嬉しかった。

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